ミロのゆめ
カルレス・アルバト・セラロルス 文・絵
1925年のことです。若きジョアン・ミロは、
パリに住んでいました。そのころ、パリは
まいにち大きくなりつづけ、なんでもかんでも
ますますめまぐるしくなっていました。ミロは、バルセロナが
なつかしくてたまりません。小さいころに虫をつかまえてあそんだ、
どこまでも広がる原っぱや、ふるさとの村モンロチの農家や、
めんどりたちや、畑にたねをまく農夫のすがた。
でも、ここにあるのは、コンクリートの木と、
空までとどきそうなたてものばかり。
パリに住んでいる人たちは、大地のかおりを
わすれているようでした。
ミロは、空をながめるのがだいすきでした。
長いあいだ星座や星をみつめては、
それを絵にかきました。
そして、この宇宙のすべてに
ミロのゆめがひそんでいたのです。ミロのゆめ、それは、
いつの日か、農夫になって空をたがやすことでした。
まいにち、ことばを集めて筆でかきとめ、詩をつくりたい。
おひさまの色をとってきて、
あたらしい星をえがきたい。
夜のとばりをきりとって、
つかれをしらないツバメのように
空とぶつばさをつくりたい。
でも、そんなに大きな空を絵にしたことはありませんし、
自分でも、このゆめをかなえるのはむずかしそうだとおもっていました。
けれども、ふと、すてきなかんがえがうかびました。
家のやねを青くして、上からみたら
空みたいにみえるかもしれないぞ……。そこで、さっそくとりかかろうと、
かまに火を入れました。
かまの火は、あかあかともえて、なん日かたつと
かわらができました。あざやかな青い色のかわらです。
それをいちまい、またいちまいと、ていねいにならべていきます。
かんぺきな空をつくりたい、ただそれだけをかんがえて。ほら、かわらが
きれいにならびました。かみのけを、きちんととかしつけたみたい! ミロは
上にのぼって、自分がつくった空をながめてみましたが…
こんなにちっぽけだなんて! まるで、水のないプールみたいです。
ミロはがっかりしてやねからおり、アトリエにもどりました。
それじゃ、もっと大きな空をつくらなくちゃだめなんだ!
それから、いつものように、ひじかけいすにこしかけて
パリの地平線をじっとながめました。
とつぜん、ミロはひらめきました。「わかったぞ!
町じゅうを、青くぬってしまえばいいんだ!」
ミロはまたやねの上にもどって、大きな金ぞくのタンクを
つくりました。えのぐがたくさん入るのにしなくちゃ!
それから、うでまくりして、こまかい青いこなと水をまぜ、
ぐるぐるとよくかきまわします。ちゃんときれいにぬるには、
だまができないようにしないといけませんからね。
こうしてえのぐができたなら、のこったしごとは、あとひとつ。
えのぐをまくために、100人にてつだってもらうことにしました。
みんないっしょに、力いっぱいタンクをおすと、とうとう……
バッシャーーーン! えのぐがやねをながれおち、
パリの町じゅうが青くそまりました。
ミロは大よろこび。
これこそ、ぼくがゆめにみていたとおりの空だ!
それから、たねがいっぱい入ったふくろと
くわをかついで、かいだんをおりていきました。
通りには、おこっている人がたくさんいました。
なんたることだ、町じゅうが青くなってしまうとは。
しかも、かおがえのぐでよごれてしまったじゃないか!
けれども、ミロは大まんぞく。あたまの中は、自分がつくった
あたらしい空のことと、これからそだつ草や木の
ことばかりです。
その日の午後、たねまきをおえたミロは
やねにのぼって、けしきをうっとりながめます。
これで、たねがめを出せば、そだったものを集めて、
絵がたくさんかけるはずです。
あたりいちめん、きれいな青。
えんとつから立ちのぼるけむりは、雲のよう……。
けれども、なん日かたっても、なにも生えてきません。いまは夏。
あつくて雨がふらないので、なにもかもかわいてしまって
たねが、めを出さないのです。水がなければ
草も木もそだちません。こうなったら、
もうしばらくがまんして、
秋の雨がふるのをまつしかなさそうです。
とつぜん、はなの上に雨つぶがおちてきました。
空をみあげたミロは、おもわずさけびました。
「やったぞ! 雨だ! もっとふれ!」
はじめはぽつぽつふっていたのが、だんだんはげしくなっていき、
やがて大雨、それからどしゃぶり、
そして、とうとう大あらしに!
町は、すっかり水びたし。かべのえのぐはすっかりおちて、
通りはどろだらけ。あんなにきれいな青だったのに、
いまでは、まるで油のしみです。
ミロはがっかりしてアトリエにもどり、しょんぼりとドアをしめました。
これでは、ゆめをかなえるのは、もうあきらめるしかなさそうです。
たがやすことのできる空をつくるのは、やっぱり
むりなのでしょうか……。
その日から、ミロは、やねにのぼったり鳥をながめたりするのを
やめてしまいました。どんな絵をかいても、悲しくなる
ばかりです。けれども、あるばん、
ミロはとくべつな絵をかきました。
白いキャンバスに青いえのぐをぺたぺたぬると、
きれいな字で、ていねいにかきました。
「これは、ぼくのゆめのいろ」
とつぜん、絵の中の青い色がうごきだし、
どんどん大きくなっていきました。はじめはいびつな
まるいかたちだったのが、だんだん、だんだん大きくなって、
とうとう、ドアのかたちになりました。
ミロはびっくりして、おそるおそるドアをあけてみました。
ドアのむこうにあったのは、
とてもふしぎなはしごでした。
ミロは少しもためらわず、はしごをのぼっていきました。いったい
どこまでつづいているのでしょう? いちだん、またいちだんとのぼっていき、
とうとうてっぺんにたどりつくと、ミロがゆめにみたとおりの
まっさおな空が広がっていました。
ミロはうれしさのあまり、自分の目がしんじられないくらいでした。
きをつけて、そうっと青空の上に足をおろしてみます。
そして、自分は世界でいちばんしあわせだとおもいました。
それから、くわがあらわれました。
ミロは力いっぱいたがやして、うねをつくります。
そうしてポケットに入っていたたねをまくと、
魔法のように、めが出て、ぐんぐんそだっていきました。
こちらには花、あちらにはことば、それから星もうまれました。
いちばんきれいだったのは、ふくらんだつぼみの中から
あらわれた、はばたく鳥のすがたです。
ついに、ジョアン・ミロは
空をたがやすことができたのです!
この夜から、ジョアン・ミロには楽しいひみつができました。
絵の中の青いドアをあけて、はしごをのぼり、
たがやした空の実りを集めます。こうして、ミロの絵は、
ことばや色、星や鳥、そして魔法で
いっぱいになったのです。
*オリジナル作品は、漢字にフリガナがふられていましたが、WEBでの表示の都合上、フリガナは割愛いたしました。ご了承下さい。